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2009年08月13日

蝉安堵無断で大地掘る勿れ


★ 。・。・゜♪゜・。・。★ ぜろから交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★






☆ ぜろから交心09t062604

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蝉安堵無断で大地掘る勿れ

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 零呼さん、おはようございます。
(いつでもおはようが口癖です。ごめんなさいね。)

 交心ありがとうございます。
 もう、呆れられて、飽きられて、交心してもらえないのかと思っていました。いつもそうなんですよ。はじめちょっとおもしろがられますけれど、同じことの繰り返しで、成長も、精進もありませんし、語ることは四畳半畑のことと、良寛さんのことと、瘋癲老仁妄詩のことしかありませんしね。すぐ、飽きられてしまいます。

 素直が取り柄の、そのまんま575は、そのまんまだから、ほとんどただごとなんですよね。ただごとだから、あふれ出るのはあたりまえ。心はいつだって動いていますものね。
 そんなこととりたてて575でいうほどのことではないでしょ!
 一笑にふされて、はい、さようなら。

 零呼さん、今日までおつき合いくださってありがとうございます。
 有頂天の昇天。
 喜んだまま昇天すると、あの世は喜びに満ちているそうな。
 ありがとうございます。


 > 梅雨晴れに俳句ごときが店並べ   零呼


 つゆばれの空のあい風ふいてこい   仁


 老仁は、農地を持たない百姓なんですよ。観念の百姓です。
 農地持たないから体動きません。PC症候群だと足も萎えてしまいます。だから、健康作りに、前耕後読はじめました。午前中畑仕事。午後PC。
 ごめんなさいね、「ごてづくり」はちっごべん(筑後弁)です。
 四畳半畑やっていますと、近所の人が外の遊歩道を散策しながら声かけてくれます。
 「そげんがまだしょっとごてねどかしてしまうばん。てーげしとかんの」
 そんなに頑張って仕事ばっかりしていると、体壊してしまいますよ。大概にして病気しないようにしてくださいよ」という意味です。
 「ごてづくり」は「五体作り」の意味です。柳川では、農協が「ごてづくり農園」を貸し出しているんですよ。農家を辞める人たちが殖えてきたのでしょうね。国の本は農なのに、農業まで工業化されていくのでしょうか・・・

 「大治米」は有機農法で若い友人の大治さんが作っている米です。
 肥料も大量に使わないから、小粒で、美味しいんですよ。


 濃茶の話ですけれど、
 良寛さんは、まだ、退屈して、待っている間、鼻糞をほじくっていたそうです。それを丸めて、右側の畳の上に置こうとしました。右側の人が良寛さんの袖を引いて止めさせました。それで良寛さんは、左側に置こうとしました。左側の人も良寛さんの袖を引いて、止めさせました。置く所がなくなった良寛さんは、鼻糞を、また、鼻に戻したそうです。


 茶の席でこんなひょうきんなことをする良寛さんはやっぱり風狂です。
 風狂というのは常識の風を狂わせることですから、きっと、形式化した茶道の人たちに、茶の道は形じゃないんだよ。心だよ。そう叫んでいたのでしょうね。

 良寛さんの有名な「三嫌」は、
 「書家の書」「歌詠みの歌」「膳夫の膳」です。

 凡仁は、はじめっから、そんな正統のらち外にいますので、そこはただただ敷居が高すぎる所で、近寄ることさえできません。
 畑で泥まみれになっていた方が気が楽ですし、心も耕せるような気もします。
 今朝は、畑を掘っていて、また、蝉の幼虫を一匹殺めてしまいました。ごめんなさい、幼虫さん。


 蝉安堵無断で大地掘る勿れ   仁


又の交心あればHappyです。





★★★ 『 蓮の花われも笑みつゝ逝きたかり 』 ★ 交心俳句47601 へどうぞ!!! ★★★






★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★




  


2009年08月13日

トマトもぐ蜘蛛さんに汁わけてやる



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★ ぜろから交心09t062601


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トマトもぐ蜘蛛さんに汁わけてやる

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 零呼さん、交心ありがとうございます。
 昨日は昼から福岡に行って、夜は甘木の大治米を買ってきましたので、帰宅したのが11時でした。あわててコミュニティのトピック立てて、すこし、交心して、お眠り。
 朝はごてづくりの四畳半畑。ちょっと広げたくて、狭い庭の砂利道を掘って、石ころ拾い上げて、剪定した枝葉を埋めて、二畳くらいの畑を開墾しています。まるで遺跡を掘る人のように石ころを一つひとつ取り除いていくんですよ。この虚しい作業が意外と楽しいんです。シジフォスの赤い徒労。
 ごてづくりの畑仕事がごてねどかしになってしまいそうですけれど・・・
 畑耕しながらころっと逝けたら、Happyですね。

 ほんとうに閑仁ですよ。
 無一物だけれど、時間という宝物だけは溢れるようにあります。
 無心だから、愛という宝物だけは溢れるようにあります。


 零呼さんは、不思議ですね。
 茶の道という作法の中に在りながら、俳句が地下水のように溢れてくるのですね。
 少女の頃の夢が水脈ですか。

 あふれ出る心は、無為自然だから、それだけで詩ですよ。
 俳句の作法に呪縛されると、詩が消えるかもしれませんね。
 けれど、作法は、知っておかないと、また、作法を越えることはできませんものね。

 愚仁は、無知仁ですから、不作法、無粋、不細工です。
 作法を越えようなんて芭蕉さんのようなパッションを持ち合わせていないんです。怠惰だから、怠惰のまんまを楽しむ爺の自慰です。

 良寛さんは歌の道も、書の道も、茶の道も、仏の道も、おそらく道という道は何でも極めたのでしょうね。極めて、捨てる。
 ただ、ただ、すごい人です。


 良寛さんは濃茶の席に参加していたそうです。
 回ってきた茶碗を一息に呑んでしまいました。しばらく様子を見て、回ってくるのを待っていることだから、口に含んでいた茶を茶碗に戻して、次の人に渡したそうです。
 次の人は、ナムアミダブツと念仏を唱えて、その茶を飲んだそうです。

 もう風狂としかいいようがありませんね。

 そんな良寛さんの風狂を真似ることはできませんけれど、
 そのまんま575で交心、
 喜べば、その喜びが詩。
 寂しければ、その寂しさが詩。
 泣けば、その涙が詩。
 喜びも寂しさも悲しみも、愚仁にもいろいろ起こります。大きい、深い、ありませんよね。命に、差別はありません。
 そのまんま575で交心。
 大切にできるといいですけれど・・・


 トマトもぐ蜘蛛さんに汁わけてやる   仁


> 愛一つ梅雨の晴れ間の空に投げ    零呼


 受けて愛返せど阻む虎が雨   仁 





★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★